コロナワクチンに感謝?

先日、東大名誉教授の矢作直樹先生のオンライン講座を受講しました。その中で受講生から「コロナワクチンを打ったことを後悔している人がいるのですが、どうしたらいいですか?」との質問がありました。

矢作先生のお答えは「時間は後戻りしないので、打ったことに感謝するしかありません。打ったお陰で何か良いことがあったと思うのが一番じゃないかと思います」

私は耳を疑いました。ビッグファーマに押しつけられた、副反応しかないようなワクチン。人を騙して金を儲けたい、世界中の人間を自分の言いなりにしたい、こんな想念がたっぷり入ったワクチン。こんなのに感謝するのですか?

もちろん矢作先生はワクチンの危険性や、ワクチンが作られた意図はよくご存知です。ご自身を含め、先生の周りではワクチンを打った人はいないとのことです。その上で、ワクチンを打ってしまった人はワクチンに感謝しなさいと言っています。

矢作先生は常々、感謝のエネルギーが一番強いと仰います。打ったワクチンは取り出せません。感謝する以外に方法がないから、そう仰っているのでしょうが、それにしても何に感謝するのでしょう?

ワクチンで体調を崩して、欺瞞に気づけたら感謝なのかもしれません。視野を広げる契機になるかもしれません。ワクチンを打つとき、そのときだけでも恐怖から解放されたことを感謝できるかもしれません。

ただワクチンの後遺症に苦しみ、製薬会社と政府・マスコミを呪うのでは、進歩がありません。ワクチンを打ってこその学びが自分には必要だったと感じ、その後の生き方に生かしてこそ、ワクチンに感謝することになるのでしょう。

私は思った通りにならなかったり、騙されたと感じたら、いつまでも怒っている傾向があります。

ある方がこんなことを言われていました。

「あそこの施術院で、余計に腰の具合がよけいに悪なったけど、お陰でいろんな施術師を探して、ええ先生に会えて良かったわ」

今のよい状態は、初めに腕の悪い施術師に会ったからだと感謝しているのです。私なら、今の良い先生のことを置いておいて、「あの最初の先生はホンマ最低やったで」といつまで怒っているでしょう。

今が以前とほんの少し良くなったことを知り、その結果を導いてくれたのは、“腹立たしいひどいこと”だったと認めれば、どんなことも受け入れられるし、全てに感謝できます。考えてみれば、今が少しまともなのは、神様が与えてくださった試練から学んだからだと考えるようになりました。

松下電器(現パナソニック)の創業者の松下幸之助さんが若い頃、船で移動中に乗っていた船が揺れたそうです。幸之助さんの側にいた船員さんがバランスを崩し、幸之助さんをひっつかみ、二人もろとも海に落ちたそうです。助け上げられた幸之助さんは、

「泳げない俺が海に落ちて、助かるとは、なんて俺はついてるんだろう」と言ったそうです。

落ちた瞬間は死ぬかもしれないと覚悟しかけたけど、生き延びたことに感謝しているのです。ひっつかまえられたことは勿論覚えているし、怒ってもいるでしょうけど、それよりも、よく助かったよなぁって思っているのです。以前より良くなったことに焦点を当てれば、ストレスなく明るく元気に生きれます。

人生は試練の連続です。「なんで私がこんな目に合わないといけないの?」と、いつまでも文句を言い続けたくなることも多いですが、必ず必要があって起こっていることです。学んで修正し、少しでも良くしていければ、徐々に視界が開けていくと考えるようになりました。

そうは言っても、まぁなかなか大変ですけどね。フフ

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あみんこと網野忠文